ストーリーのネタバレあり





「ドラクエXI」徹底的にやりこみわかった真実 | 赤木智弘のゲーム一刀両断 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

赤木 智弘 : フリーライター

物心ついたときからゲームと付き合い続けてきた筆者が、その長いゲーム歴から最新作や過去の名作までを掘り起こして語り尽くす連載。今回は昨年7月29日にPlayStation4、ニンテンドー3DSで同時発売された「ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて」(スクエア・エニックス、通称「ドラクエXI」)を今さらながらトコトン掘り下げる。




ストーリーのネタバレありです





「過去に戻らないルート」というのはゲーム上に存在していない。もちろんプレイヤーが「これでいいや」と考え、ゲームを進めることを放棄することで過去に戻らないことはできるが、ゲームのストーリーが続く以上、プレイヤーにゲームを辞めるという選択肢は存在しない。ゆえにプレイヤーはどうしたって過去に戻る選択をするしかないのである。

過去に戻った主人公たちは命の大樹崩壊前の時点、命の大樹に至る少し前の時点に戻る。そこには確かに死んでしまったはずのベロニカが生きていた。

プレイヤーである自分は困惑しているが、仲間たちにとっては冒険が続いているだけであり、いつもどおりの様子だ。主人公は過去へと戻った記憶を保っているはずだから困惑しているはずだが、ドラクエの主人公の常として「ほとんど意思を表現しない」のでよくわからない。

この時点で、ストーリーは自分の思いとはまったく違った方向に走っていくことになった。僕は主人公を自分に重ねるのではなく「主人公を動かす人」となって、ドラクエXIというゲームをプレイすることになった。

すでにプレイヤーという自分は、時を遡るという最も大きな決断で完全に無視されているのだから、もうそれは主人公のストーリーでしかない。

(中略)

過去に戻った時点で、自分自身の意思とゲームのストーリーは大きく離反し、ついに最後までその関係は元に戻ることはなかったのである。

ウルノーガを倒した時点では自分の中では95点くらいだったドラクエXIの評価は、最後までプレイすると60点程度に落ちてしまっていた。

(中略)

僕にとっては、ドラクエXIは十分な満足を与えてはくれなかった。それは中盤のストーリーがとても良く、仲間たちに愛着を持ちすぎてしまったせいで終盤に納得ができなかったからだ。もし凡庸なRPGであれば、高揚感もなく、ただ「そういうゲーム」として十分納得してプレイしていたはずである。

ドラゴンクエストシリーズはそういうゲームではない。ドラゴンクエストシリーズには、日本のRPGとしてのフラッグシップであってほしい。少なくとも僕はそう考えている。

いつか発売されるであろうドラゴンクエスト12では、十分満足を与えてくれるゲームを生み出してくれるだろうと願っている。


過去に戻った後を蛇足と考えるかどうか。俺もベロニカ離脱のままエンディングでも不満はなかったと思うけど、その後を蛇足だとは思わなかったなぁ。展開が長すぎると途中で嫌気がさしてくる事も多いなか、「まだこの世界で遊べるんだ」と素直に喜べた数少ない作品だし。