たむけん






たむらけんじの揶揄被害騒動 無関係の一般人が激怒する心理的要因 - ライブドアニュース

炎上騒動の背景に潜んでいるのは、一言でいえば、私たちの不安な主体だ。

(中略)

著名人の炎上騒動に便乗するのが楽しくなっていた
会社で同僚の出世が相次ぎ、内心かなり傷ついていたことと、子どもの進学をめぐって妻と対立していて、最終的には自分が折れたものの、実はまったく納得できておらず、鬱憤が溜まっていたという。しかも、これらのことを気軽に相談できる相手もなく、逆に誰にも弱みを見せたくないとの思いのほうが強かった。

気が付くと、Twitter上で不適切な発言をした著名人の炎上騒動に便乗して、リプライや引用リツイートをして叩いたりするのが楽しくなっていた。多いときはリプライに数百のリツイートやいいねが付くこともあった。ちょっとした罵倒のリプライで、著名人が本気で怒り出すのが痛快だったそうだ。

自己肯定感が一時的に満たされる
家族や企業はかつてのような盤石なものではなく、むしろトラブルの発生源としての側面があらわになっている。これには社会経済状況の変化も大きく影響している。さらに、家族や企業における人間関係以外に、私的な悩みなどを気軽に相談できる関係性や、適当に憂さ晴らしをできる場(機会)が乏しい現状が、不安と不満の感情が手当てされずに放置される不健康な精神状態を作り出してしまっている。

そのため、私たちは明らかに自己肯定感が持ちにくくなっており、生活の土台がさまざまな社会情勢の「気まぐれ」で移り変わる昨今、ストレスにさらされた際の避難所(シェルター)的な場所が期待できない中で、最も身近なコミュニケーション手段であるSNSへの依存度合いが高まっているといえる。

確かに、自分の人生がコントロールしがたい状況下において、自分がコントロールする側になれるという状況は魅力的に映るだろう。オンラインの世界では、気に食わない相手に罰を与え(罵倒)、好きな相手には報酬を与える(いいね)ことができる。このときだけ自己肯定感は、一時的に満たされる。炎上騒動がニュースにでもなれば、達成感のようなものも得られるだろう。

反応
何か色んな方向に話が広がるな。
まぁたしかにラーメン屋は失礼だし、たむけんにとっては災難でしかない話やけど、 #たむけんおもんない というのはあくまでも基本的事実という前提で語る人が多いのは笑う。

下衆なんだよ。一般人が。

興味深い記事。
安易な自己肯定感と承認欲求。
批判はするけど個人的な誹謗中傷はしないようにしているつもり。

そんな難しい話ではないんじゃないかな。誰であれお客様には「ありがとう」でしょ。この店主は全てのお客を見下してるはずで、お客全員が被害者。だから自分事として怒った人が多かったということでは

正直、普段からたむけん氏を熱心に応援している人ではなく、どちらかというと「本業でがんばれや」的に思っている人ほど叩き側に回っているような気がする。俺はラーメン屋の味方やで、たむけんも村本も本業のお笑いで結果残せてない芸人はみんな汚れ。